相対的貧困とは。暮らしの実情と問題点、解決方法

By b_kimura,

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多くの批判・バッシングを生み出し、炎上に至った貧困女子高生番組。数ある批判の中でも多かったのは「その女子高生は貧困ではない」という類です。

子どもの貧困 学生たちみずからが現状訴える

経済的な理由で進路の選択が難しい学生たちが、みずからの言葉で貧困の現状を訴えるイベントが18日横浜市で開かれ、学生たちは「子どもの貧困は日本にも存在していることを理解してほしい」と訴えました。(8月18日放送の『NHKニュース7』の特集)

貧困の定義は、「絶対的貧困」と「相対的貧困」の2種類があり、多くの人が貧困という言葉から想像するのは、衣食住の確保が難しく、生死に関わる問題を抱えている「絶対的貧困」の方です。

批判の対象にもなっているうららさんは母親と2人暮らしで、家計の主な収入は母親のアルバイト。彼女の家庭は、「絶対的貧困」ではなく、定義された「相対的貧困」にギリギリ該当するかしないかの経済状況だと思います。

相対的貧困とは

厚生労働省の調査では、日本の相対的貧困率は2012年の時点で16.1%であり、データが存在する1985年以降、1991年、1994年、1997年、2000年、2003年、2006年、2009年、2012年という3年ごとの調査の中で最も高い数値となっている。

2013年の国民生活基礎調査では、日本の2012年の等価可処分所得の中央値(名目値244万円、1985年基準実質値221万円)の半分(名目値122万円、1985年基準実質値111万円)未満の等価処分所得の世帯が、相対的貧困率の対象となる。各名目値で単身者では可処分所得が約122万円未満、2人世帯では約173万円未満、3人世帯では約211万円未満、4人世帯では約244万円未満に相当する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A7%E5%9B%B0%E7%B7%9A

簡単にまとめると、相対的貧困に該当するのは次のような世帯です。

世帯 可処分所得
単身 〜約122万円
2人世帯 〜約173万円
3人世帯 〜約211万円
4人世帯 〜約244万円

「可処分所得」とは、収入から税金や社会保険料などの非消費支出を差し引いた家計が自由に処分することができる所得のこと、大体の場合は「可処分所得=手取り収入」という形になります。

相対的貧困とは具体的にどのような状況なのか

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うららさんの家庭が「相対的貧困」に該当するかどうかは誰にもわかりません。彼女の家庭の収入が公開されていないためです。もちろん世間に公開したくない情報でしょうが、その裏づけを取ったイベントおよび番組でないと、やはり企画の趣旨である「状況を知って欲しい」という目的は達成しづらいと思います。とりわけ、「相対的なもの」というのは第三者に伝えることが困難なのです。

「貧困という割に高価なものを買っている」という指摘・批判は、的確といえば的確なのですが、それが家庭の実情を踏まえて、かつ「相対的貧困」という問題を考慮した適切な批判であるかというと、現在の情報では判断できません。

イベントの目的や番組のコンセプトが良いか悪いかはさておき、世間に相対的貧困の現状を正しく伝えることが出来たかというと、どうにもそうは思えないので、この記事では相対的貧困家庭で育った自分が「相対的貧困」の暮らしがどんなものかを書いてみたいと思います。

家庭の収入と日常生活

自分の場合は、小学校2年生までは2階立ての一軒家に住んでいましたが、バブル崩壊後の平成不況の色々、父親の女性問題の色々により両親は離婚することになり、突然10畳ほどの借家に引っ越すことになりました。そこそこ広いと思われる方もいるかもしれませんが、母親と子供3人です。なかなか狭いです。

京都の黄檗という街で、近くには京都大学の宇治キャンパスがあります。もちろんそれなりに老朽化した家で、トイレはボットン便所(汲み取り式)でした。おそらく昭和30年代ならごくごく一般的な家でしょうけれども、平成には相当珍しいと思います。ボットン便所は、少し怖いという感覚はあったものの特別嫌かというとそうでもなく我慢できるレベルでした。けれども、同級生を家に招いた時に「うわ〜ボットンだ〜」とからかわれた時はかなり傷つきました。

しかも小学生の男子というのはバカなので、それを学校で言いふらしてバカにしたりするんですよね。人と比べて少し貧乏という自覚はあったので特に反論も出来ず、気にしていないフリをしていましたが、あれから20年を過ぎた今でもその時の悔しい気持ちを覚えてますし、大人気ないかもしれませんが思い出すとその同級生への怒りが湧き上がります。

母親は正社員でこそあるものの仕事を何度か変えていましたし、月々の収入は手取りで20万あるのかな、くらいじゃないでしょうか。もっと低かったかもしれません。相対的貧困であったかの確証はないのですが、おそらく該当するかしないかの境界線あたりだったのではないでしょうか。(4人世帯の場合、世帯の手取りがおおよそ年244万円を下回ると想定的貧困)

外食は月に1回あるかないかという程度であり、あってもそれはマクドナルドやケンタッキーといった、そんなレベルです。年に1回あるかないかのレベルで回転寿司、ファミレスという感じです。焼肉や鍋のお店があることを初めて知ったのは中学生の時くらいだと思います。

お菓子を買うためのお小遣いは週に数回、一回に貰える金額は100円です。10円・20円のものを少しずつ買うのか、100円のものを1つ買うのか、与えられた100円をどういう風に使うのかはよく兄と議論し、それはそれでなかなか楽しかった記憶もあります。

毎日欠かさず朝晩のごはんをつくり、一切の贅沢をしない母親の存在は、当時こそ当たり前に思っていましたが、今改めて考えると尊敬と感謝の気持ちが溢れます。

また、贅沢はほぼ無いのかというとそうでもなく、家にはテレビもありましたし、プレイステーションを買ってもらうというサプライズもありました。誕生日、クリスマス、お正月は、一人につき5,000円〜7,000円クラスのプレゼントがあったのです。子供の贅沢にかかる費用は年間で、おおよそ45,000円〜65,000円くらいですね。きっと母親は切り詰めて捻出していたのだと思います。

小学校高学年の頃には、父親が戻ってきて相対的貧困は離脱しました。平均の世帯収入よりは下回っていたと思いますが、なんら不自由の無い生活です。

けれども中学3年生の時に、また親が離婚したので相対的貧困に戻りました。3人兄弟が1人1部屋を持てるほどの賃貸に住むことができたのですが、それは家賃20,000円〜30,000円ほどで住める府営団地(京都府の低額所得者向けの住宅)の審査・抽選にクリアできたからです。

立派な家では無いものの、団地なので周囲の沢山の人が似たような境遇で同じような生活をしているということを考えると、全く貧乏には感じません。遊ぶお小遣いが欲しいので「頑張ってアルバイトしないと!」という気持ちが燃えていたくらいです。けれども、自分の家と同じくらい貧しそうな家、もっと貧乏そうな家を見ると心のどこかで不思議な安心感を感じていたような気もします。貧困を感じていなかったかというと、そういうわけでもなかったという感じです。

進学について

小さい頃からずっと「私立は無理、公立でよろしく」「大学は奨学金でよろしく」と言われていたので、私立の高校というのは検討したこともありません。もちろん、私立の高校も選択肢にして検討している同級生を見ると「羨ましいなぁ」と思うこともありましたが、それは「ドラえもん」のスネオや「ちびまるこちゃん」の花輪くんを見るような感じです。別世界の人なので、全く気になりません。

母親からは「お金は無い」と厳しく言われていましたが、なんやかんやで結局、進学時には節約で捻出したお金からそこそこの金額を出してくれました。でもやっぱりメインは奨学金です。いろいろな問題が騒がれている奨学金ですが、自分は今も返済中です。大学卒業時、母親が「奨学金がなかったら大学に行くことはできなかったのは事実。色々を思うことはあっても踏み倒さないでくれ」と強く言ってきたので、1年間だけ返還期限を延期したことはありますが、踏み倒すようなことは考えずにしっかりと返済しています。

貧困を感じる時

小学生時代や高校生時代、そのような暮らしに貧困を感じていたかというと、ほぼ感じたことはありません。「うちはうち、よそはよそ」という謎の家訓があったせいか、同級生の友達のことを羨ましく思う時はあっても、だからと言って「我が家は貧困」だと思ったことはありません。「海外の本当に貧しい人たちと比べたら贅沢な方」という学校やTV番組で受けた教育も効いていたかもしれませんね。

けれども、先に挙げたボットン便所をからかわれた時と、あと一回だけ「貧困」を感じました。それは、古びた借家に初めて訪れた小学2年生の時、「ここが新しい家だよ」と母親に言われた時です。子供ながらに母親の申し訳なさそうな思いを感じ、「せまい」「ぼろい」という素直に感じた気持ちを隠して「家が変わって新しくなるのはワクワクするね」みたいな、嘘の感想を言いました。その言葉を受けた母親の目が少し赤くなった時には、そのまま目を見て話を続けることはできませんでした。「うちは貧乏になったんだ」となんとなく感じました。

高校生の時には「貧困」を感じたことはほぼありません。小学生の時より経済状況が全然マシに感じていたというのもありますし、団地に住んでいたというのは大きいと思います。高級住宅街で自分の家だけボロボロだったら貧困は感じたかもしれません。相対的貧困に該当する状態で、進学の範囲が限られている、家がせまい、ボロボロの家、欲しいものが買えない、けれども周囲の人間に一定数(おそらく5人くらい)の同じような環境の人がいると、自分に限らず多くの人は貧困を感じないと思います。

「相対的貧困」に該当している家庭の貧困の実感も相対的で、以前よりも生活水準が下がっている、周囲と比べて明らかに生活水準が低い、そんな時に貧困を感じるのだと思います。

相対的貧困よりも大きな問題

貧困に隠れた本質的な問題は、「教養」の問題だと思っています。もしも我が家でも、母親がどうしようもない馬鹿だったら全く違う人生になっていたと思います。どれにお金をかけるべきで、どれは子供にも我慢させるべきかという判断を適切に行う力は教養から生まれます。

日本は、高学歴であるほど収入が高く、収入が高い家庭ほど子供は高学歴になりやすい国です。反対に、学歴が低いほど収入が低く、収入が低い家庭ほど子供の最終学歴は低くなりがちなのです。貧困を抜け出す最も近道は、学歴を手に入れることですが、学歴がなくても教養があれば収入を高めることは可能です。

教養とは世の中を生きるための知識・智恵です。教養がなければ収入を上げることは出来ないのかというと決してそういうわけでもなく、例外はいくつもあるのですが、教養があると可能性や選択肢は大きく広がります。

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NHKの番組では、「PCが買えないので1000円のキーボードを買ってくれた」というシーンがありましたが、多くの人が「それなら他の色々を我慢してでも、安いのでいいからPCを買うべきだ」と思ったはずです。多くの人は、その投資に見合った効果が得られることを知っているからです。

けれども、母親は単純にそのことがわからなかったんだと思います。PCを操作できることにより、どのようなメリットが得られるのか、そもそもPCでどんなことができるのか、いまいち理解していないのでしょう。また、安い中古のPCなら10,000円〜20,000円でも買えるということも知らなかったのだと思います。

母親がわからなかったとしても、周囲にそういったことを指摘してくれる大人がいると良いのですが、そういう人もいなかったことは、同情できる点です。

「周囲の大人」を考えた時に真っ先に思い浮かぶのは学校ですね。女子高生が「家庭の環境のせいで、デザイン関係の仕事につきたいという夢を諦めざるを得ない」と女子高生が高校の担任や進路指導係に相談した時、先生たちがどう答えたのかはとても気になる点です。ただ、現在の自分には、先生の回答には全く期待できません。「高校」という教育機関に対して、自分が持っている印象はそんなレベルです。

問題を解決するには

「相対的貧困」に該当する世帯の経済事情は大きな問題に思えません。もちろん、様々な支援が必要であることは間違い無いのですが、現状の日本にそれが全くできていないかと考えるとそうも思えないからです。行政の支援はそこそこ充実しています。なので、「相対的貧困」に該当する家庭の経済的な面については、継続的な改善こそ必要であるものの、現在は大きな問題でないと思います。

けれども、相対的貧困の家庭で育った子供が、教養のない親や教師を含む周囲の大人が原因で、自分の持つ可能性や選択肢に気付けない子供が多いという問題は、積極的かつ速やかに解決に取り組んでいかないといけない問題だと思います。特に統計の無い、自分の感覚値的な印象ですが、「貧困女子高生」として話題のうららさんのような人は多いと思います。

そしてこの問題は、学校や役所等、公共の機関が子供に教養を積ませる機会をつくること、そして親も教養を積む機会をつくることで解消していくしかないように思います。とりわけ、中学校・高校に関しては、教育大学出身の先生が多く、一般的な社会人経験がほとんど無い先生ばかりという現状があります。

社会で生き抜く力は、社会で生き抜いてきた人から最も学べるはずです。色々な勉強が大事なのは十分わかりますが、厳しい現代で生き抜くには、そういう意味での教養が必要です。

社会人から教員に転職するための講座をつくり、社会で活躍した人が学校の先生になれる仕組みをつくる等、この部分を改善することが、本質的な問題解決への近道だと思います。

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