ストーリー戦略、イノベーション、ブランディング、コーズマーケティング、バイラルマーケティング、戦略PR・・・マーケティング界隈では、近年色々な言葉が登場してきました。
しかし、現状はこれらのトレンド化したキーワードが独り歩きしている感があり、現実社会にて上手く実践できていない感があります。私たちが、上記の戦略や概念を用いるには、それらの根本・土台ともいえる「マーケティング3.0」を理解することが不可欠です。
「コトラーのマーケティング3.0 ソーシャルメディア時代の新法則(朝日新聞出版)」が発売されたのは2010年秋。当時はまだ海の向こうアメリカでの話でしたが、2014年現在、日本でも彼が指摘しているように「消費者志向はもう古い」時代になっています。
マーケティングの歩み
マーケティング1.0
製品開発計画や流通チャネルの策定、販売促進等を複合的に組み合わせる「マーケティングミックス」という言葉が登場したのは、1950年代、現在でも基本とされる「4P(プロダクト、プライス、プレイス、プロモーション)」が登場したのは1960年代です。販売量やコストの削減等、製品が中心だった当時のマーケティングが「1.0」です。
マーケティング2.0
1990年代、不況による消費冷え込みに伴い、時代は需要過多。これまでの製品を中心としたマーケティングでは通用しなくなり、マーケティングのコンセプトは「製品を売ること」から「消費者が何を望んでいるか」にシフトしました。
今日も主流とされている「消費者志向」こそが、「マーケティング2.0」の基本概念です。「マーケティング2.0」では、「STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)」がマーケティングにおける主役となり、いかに競合との差別化を成功させるかが大きなテーマでした。
マーケティング3.0
そして現在、「マーケティング3.0」は、消費者満足や事業の差別化といったテーマを引き継ぎつつ、「どんな社会をつくりたいか」がコンセプトになっています。その背景にあるものは、消費者の価値観の変化とソーシャルメディア普及等の生活環境の変化と、限られた資源、格差等、社会問題の深刻化です。
「マーケティング3.0」の本質は、過去のマーケティングと比較してみると分かりやすくなります。
マーケティング | 1.0 | 2.0 | 3.0 |
---|---|---|---|
中心 | 製品中心 | 消費者志向 | 価値主導 |
目的 | 製品を販売すること | 消費者を満足させ、つなぎとめること | 世界をよりよい場所にすること |
可能にした力 | 産業革命 | 情報技術 | ニューウェーブの技術 |
市場に対する企業の見方 | 物質的ニーズを持つマス購読者 | マインドとハートを持つより洗練された消費者 | マインドとハートを持つ全人的存在 |
主なマーケティング・コンセプト | 製品開発 | 企業と製品のポジショニング | 企業のミッション、ビジョン、価値 |
価値提案 | 機能的価値 | 機能的・感情的価値 | 機能的・感情的・精神的価値 |
消費者との交流 | 1対多数の取引 | 1対1の関係 | 多数対多数の協働 |
引用:コトラーのマーケティング3.0 ソーシャルメディア時代の新法則(2010,朝日新聞出版)P19
マーケティング3.0では、人間性が重視され、精神的な価値や想いなどが主軸となっています。注意したい点は、これまでのマーケティングが否定されているわけではなく、従来のマーケティングが得意とする効率やマネジメントといった論理的な部分の上に、精神性があるという点です。
ニューウェーブの技術とは、facebook、Twitter等のソーシャルメディアのことを指します。これらの登場が市場の主役を人の精神性にシフトさせ、マーケティングを抜本的に変えざる得ない状態にさせたのです。
マーケティング3.0の目的「世界をよりよい場所にすること」
ここからはなるべく具体的な事例を交えてマーケティング3.0の本質を解説していきます。
マーケティング3.0の目的は「どんな世界をつくりたいか」です。一方のマーケティング2.0のコンセプトは「消費者がどのようなものを望んでいるか」です。
マーケティング3.0を具現化した企業が、マーケティング2.0に忠実な企業に大きな差をつけている事例がこちらです。
事例:携帯電話(スマートフォン)市場
カンター・ワールドパネル・コムテック(市場調査会社)は2013年10月の日本におけるスマートフォン販売数において、iphone販売数が76%に達していることを発表しました。大体4人に3人がiPhoneという発表です。自分の周囲を見渡しても、この発表に違和感はありません。
世界に誇る技術力を有する日本が、自分たちの国でどうしてiPhoneに勝てなかったのか。その根本的な要因には、製品開発において、消費者志向に忠実過ぎた点があると考えられます。
国内メーカー対Apple
国内メーカーは、顧客のニーズを拾うことに一生懸命でした。
ガラケーと呼ばれる国産携帯電話の方がまだ多い数年前、実際に私自身は携帯業界のとある国内大手企業のマーケティングリサーチに携わったことがあります。自分自身はWebの分野のみでの参加でしたが、プロジェクトの全体を眺め、メーカーの計画力・予算は共に一流であることを知りました。
1人あたりのアンケート取得単価は販促プロモーションと比較しても劣らないくらいの高額を費やしており、こと細かい顧客の意見を拾い集めていました。そして、メーカーは、しっかりと顧客の意見を反映させた製品をつくっていたと思います。
けれども、そんな国内企業の健闘むなしく、現在はiPhoneが独走状態です。
膨大な予算を費やし、消費者の意見をしっかり把握している国内企業がなぜ、iPhoneに負けてしまっているのか。iPhoneとの違いは明白。それは製品開発コンセプトの違いです。
国内企業の多くは、「消費者が望んでいるもの」に重点を置いて製品を開発していました。一方、Appleは、「(消費者と開発者も含めた)私たちはこういうものがあると便利」という発想で製品を開発していました。国内企業が既存の携帯電話をベースに改良を検討している中、Appleは未知なるものを創造しようとしていたのです。
iPhoneの機能性や操作性、美しさは誰が見ても革新的で、Appleが市場調査よりも自社のクリエイティブを尊重していることは明白です。アンケートで集まる消費者の声は、既存の製品が持つ機能の枠を出ません。
メーカー | 国内メーカー | Apple |
---|---|---|
製品開発 | 消費者が何を求めているかを尊重し、改良 | 私たちがどんな生活をしたいかを創造 |
マーケティング | マーケティング2.0 | マーケティング3.0 |
スティーブ・ジョブズがiPhone発表のプレゼン時に用いた言葉は、マーケティング3.0のテーマである「どんな社会がいいか」という問いに対しての回答になっています。
「我々が望んでいるのは、どんな携帯電話より賢く、超簡単に使えるもの。これが、iPhone。」
iPhoneは、「消費者がどんな機能を望んでいるのか」ではなく、「私たちがどんな暮らしができたら素敵か」を考えて開発されていたのです。この国内企業vsAppleの事例は、マーケティング2.0と3.0の違いを象徴する事例だといえます。
イノベーションのジレンマ
日本製の携帯電話のように優れた機能を持つがゆえに、その機能の改良にリソースを費やし、革新性を持つ新興企業にシェアを奪われてしまうことを「イノベーションのジレンマ」といいます。
ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)が、1997年の著書 The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail (『イノベーションのジレンマ – 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』)のなかで初めて提唱した。
“合理的な判断の積み重ねが巨大企業を滅ぼす”という視点が斬新で、この本はベストセラーとなり、続編も出ている。
Wikipedia http://goo.gl/0XBdMs
国内メーカーは、「イノベーション」より「失敗しないこと」がミッションになっているサラリーマンばかりだったのかというわけではなく、国内需要に対応していくために、組織は消費者志向で開発せざるを得なかったのです。
したがって、意図的に「消費者志向」を守り続けたどうかに関係なく、結果的に「マーケティング2.0」の概念で製品を開発し続けてしまったということになります。
マーケティング3.0のモデル
3iとは
これまでSTP分析に懸命だった私たちは、これからは「3i」と呼ばれるモデルで事業を評価する必要があります。「3i」とはマーケティング3.0の根本ともいえるモデルであり、様々な事例を参考にするにあたり、このモデルを理解しておくことは不可欠です。
※ コトラーのマーケティング3.0 ソーシャルメディア時代の新法則(2010,朝日新聞出版)「3iモデル」を元に作成
3i:ブランド・アイデンティティ
「ポジショニング」「ブランド」から成り立ち、消費者の心理の中における位置づけのことを指します。ユニークな位置づけであることが好まれます。
3i:ブランド・イメージ
「ブランド」「差別化」から成り立ち、消費者に良好な印象を与え、感情的なニーズを満足させることを指します。ブランド・イメージを言い換えると、マーケティング2.0の主役、「STP」と「ブランディング」です。
3i:ブランド・インテグリティ
「差別化」「ポジショニング」から成り立ち、ブランドに対する誠実さを意味します。そのブランドが約束を果たしていない場合には、ソーシャルメディア等のニューウェーブ技術がブランドの嘘を暴くことになります。
綺麗な三角形をつくるには、企業経営者、マーケターは、ブランドに忠実であることが必要です。
富士重工業「スバル」の3iモデル
2005年頃、税金等の維持費の安さと燃費の良さでブームが巻き起こった軽自動車。新車販売台数の約3割を獲得したシェアは2013年には39.3%と約4割のシェアを持ち、自動車業界の主戦場と呼ばれるマーケットへ成長しています。
国内自動車メーカー各社が、国内軽自動車のシェア獲得競争を激化させる中、スバルは2008年に軽自動車を事実上の撤退を発表(現行軽自動車はOEM生産)し、軽自動車の技術者をレガシィなど上級車の開発に振り向けました。
そして、2013年3月期の富士重工業の決算は、世界販売台数、売上高、営業・経常・最終の各利益が過去最高となる快進撃。5年連続で過去最高を更新するとともに、米国において唯一、6年連続で前年実績を上回りました。
20年かけて作りあげた安全技術「アイサイト」と、重心を低く出来る貴重なエンジン「水平対向エンジン」(生産はスバルとポルシェのみ)等を低価格化できる高度な技術力により、「安心と走る快適さ」というポジショニングに背かないインテグリティを備えています。
マーケティング3.0における戦略、戦術、取り組み
ここからは、マーケティング3.0における具体的な活動の紹介です。それぞれ、事例を通じて解説していきます。
事例:ブランディング
セブンイレブンは2010年、ブランディングプロジェクトを開始しました。
種類ごとにバラバラのブランドで、統一感がなく、認知度が低かったセブンイレブンのPB商品を、アートディレクター佐藤可士和氏が中心となり、パッケージデザインやブランドマークを統一したのです。
その結果、認知度は大幅に向上。「セブンプレミアムの食品は美味しい」という話を友人・知人から聞いたことがある人も多いと思います。
商品ブランドロゴについて|セブン-イレブン~近くて便利~
http://www.sej.co.jp/products/branding.html
ブランディングの注意点
ブランディングとは、事業の持つ本質的価値を引き出し、イメージコントロールすることをいいます。マーケティング2.0でも重要な活動だったブランディングは「3.0」になり、よりその重要性を増しています。
3.0における、ブランディングの大事な点は、「価値」と「イメージコントロール」が掛け算にある点です。おそらく多くの人が気付いていることですが、「価値」を見直さないまま、イメージコントロールの改善を図ろうとしている企業が多いという残念な事実があります。
今日、ブランドイメージを企業や広告代理店が操作することは、ソーシャルメディアにより困難になりつつあります。イメージ操作は、マス広告の大量投下等により短期的には上手くいくかもしれませんが、長期的には不可能であると言えます。
事例:コーズマーケティング
誠実なコーズマーケティングを行う、TOMS カンパニーという会社があります。海外の企業ですが、日本でも確実に売上を伸ばしてきています。TOMS カンパニーが展開するオンラインショップ「トムスシューズ」では、『あなたが靴を1足購入するたびに、TOMSから子ども達に新しい靴が贈られます。』というコンセプトを掲げ、それを着実に実行しています。
また、『あなたが1つアイウエアを買うたびに、TOMSの援助を通して1人の視力が回復します。』というコンセプトの元、アイウェア(サングラス)の販売もスタートしています。
TOMS STORE TOKYO/OUR MOVEMENT
http://tomsshoes.jp/shop/html/user_data/our-movement.php
コーズマーケティングの注意点
2010年頃より、新しいマーケティング手法として注目を集めた「コーズマーケティング」。大手企業もこぞってキャンペーンを展開しました。けれども、その多くは「売るための手法」に過ぎず、消費者の心に響くものは少なかったように思えます。
また、コーズマーケティングは、後に挙げる「ストーリー性」の設定が不可欠です。ストーリーの無いコーズマーケティングは、ただの「販促」に過ぎません。
「なぜそうするに至ったか」の説明が無い「○○を買えば○○円寄付」というキャンペーンは、「売上を上げるために寄付している」と見なされます。これらのキャンペーンは一時的な販促の効果は多少期待できますが、ブランドイメージへの貢献はほぼありません。
事例:ストーリー性
需要過多かつ機能の差別化が難しい今日、「ストーリー」は高い付加価値となります。先に挙げた、Appleとトムスシューズのストーリー性は非常に優れています。
Youtube:iPhone を発表するスティーブ・ジョブス(日本語字幕)
http://www.youtube.com/watch?v=L0XeQhSnkHg
OUR_MOVEMENT | TOMS
http://tomsshoes.jp/our_movement.php
優れたストーリーをつくれない日本人
日本人はストーリーづくりが苦手と言われることもありますが、決してそんなことはありません。優秀な脚本家、作家は沢山います。ただ、優れたストーリーを描くマーケターが少ないのは事実だと思います。
マーケティング2.0は、これまで論理思考が優先でした。ビジネスの現場では現在も論理思考が主役です。また、Ebayと楽天またはヤフオクの商品ページをいくつか見比べてみればわかる通り、日本人には購入時「情報を重視する」という国民性があります。
日本では、客観性の高い事実と具体的な数字が最大の武器だったのです。
もしもiPhoneのプレゼンテーションをするのがスティーブ・ジョブスでなく、日本人マーケターだったら、「この製品は他社と比べて○○センチ画面が大きい」「利用者の○○%がこのような使い方を望んでいる」といった詳細な説明でプレゼンテーションをスタートしたかもしれません。
事実や数字で説得する方法と、感動的なストーリーに惹き込む方法、心の動かし方には2通りあり、今、国内のマーケターに求められているスキルは後者であるということを頭に入れておかなければなりません。
客観性の高い事実と具体的な数字を用いた機能の説明によって感動する時代は、日本でも終わりつつあります。現在では、感動的なストーリーで心を動かした後、必要な部分の詳細を説明を行う方が効果的です。
注意点としては、ユーモアな発想があれば良いかというとそういうわけではなく、STP等の論理思考の上にユーモアが必要であるという点です。エモーショナルはロジカルな土台の上にあって、はじめて効果が出るということを意識しておかなければいけません。
消費者との交流「多数対多数の協働」
マーケティング3.0において重要なキーワードの一つが、「協働」または「共創」です。ビジネスの現場では、企業が協力して事業をおこなう「協業」を意味して「共創」を使う場合もありますが、マーケティング3.0では「一般消費者と価値を創造していくこと」を意味します。
主な事例としては下記のものが挙げられます。
事例:AppStore、GooglePlay等のアプリ
個人レベルでのアプリ開発を可能とし、アプリを公開する場を提供しています。魅力的なアプリの登場は、プラットフォーム提供者、開発者、ユーザーにそれぞれメリットがあります。
事例:AKB48
総選挙という制度を用いて、ファンがアイドルをプロデュースする仕組みをつくっています。色々な批判がありますが、「多数対多数の協働」というコンセプトを実現させています。
事例:クックパッド
一般消費者がオリジナルの料理レシピを投稿することにより成立している料理情報サイトです。消費者がお互いにレシピを入手することを通じて、提供元は広告収入・会員費用等の利益を得ています。
クラウドソージング
今日では、発案、製品開発、デザイン、テストなど、様々な作業をクラウドソージングのサービスを通じて協働することができます。単なる下請け作業が多いのが実際ですが、協働の環境は整っています。
持続可能性
事業が持続できる環境を整えることは、「1.0」の頃よりマーケティングの役割の一つです。「1.0」の頃には、効率よく大量生産を行う仕組みづくりが重要でしたが、「3.0」時代には原材料の安定的な確保、生産地の人材力向上等がテーマになっています。
事例:午後の紅茶
日本に輸入されるスリランカ紅茶葉の約25%が「午後の紅茶」に使われています。KIRIN(キリン)は高品質な紅茶葉を持続可能な資源とするため、現地に様々な支援を行っています。
紅茶農場への直接指導をはじめ、産業を支える人々の教育支援など、多岐にわたった活動を展開しています。
スリランカ・フレンドシップ・プロジェクト|CSV活動|キリン
これからはマーケティング3.0が主流
以上がマーケティング3.0に関する主な活動の紹介です。
現在、まだまだマーケティング2.0の発想に基づくプロモーション、キャンペーンが多い状態ですが、きっと私たちはそれらを直感的に「古い」と感じているはずです。
2014年、事業はマーケティング3.0に本格的な移行を始めなければいけない状態になっています。私たちは、経営者、営業職、販売職等、職業に関係なく、それぞれが持つマーケティングの概念を3.0に更新する必要があります。
マーケティング3.0にバージョンアップするには
繰り返しになりますが、マーケティング3.0は過去のマーケティングを否定するものではありません。バージョンアップであり、2.0の土台があるからこそ、3.0にアップデートすることができます。
マーケティング3.0では、論理的思考と感情的思考(エモーショナル)の両方が必要です。そして同時に、教養・道徳・哲学などを含めた人格も求められています。
思考・概念のアップデートは簡単なことではないかもしれません。けれども、「いかに売るか」ではなく、事業を通じてどのように「社会をよりよい場所にするか」を考えることで、バージョンアップは開始されます。
「社会」を世界規模で考えることは志が高く、素敵なことです。けれども、「社会」を「街」と置き換えたり、「家族・友人などの身近な人」と置き換えて、色々を考えてみることも充分に意義があるはずです。
また、それらを考えることは、決して眉間にしわを寄せるような苦痛なことではなく、「思わず笑顔がこぼれるような、とても楽しい作業」であることを覚えておいて損は無いと思います。